科学論文紹介

核膜が柔らかくなることで機械的ストレスによるDNAダメージが防れるよというお話

acworksさんによるイラストACからのイラスト

論文タイトル:Heterochromatin-Driven Nuclear Softening Protects the Genome against Mechanical Stress-Induced Damage (Cell; pubmed)

Introduction

組織恒常性を維持するためには、ストレスがかかる状況でも機能や構造を維持できる必要があります。
最も一般的なストレスの1つとして細胞や核に加わる外力が挙げられますが、この外力に対して細胞がどのように対応しているのかは未だ謎に包まれています。
そんな中、本論文で筆者らは、引張力が加えられた細胞は(細胞を引っ張る)、核膜の軟化が生じ、DNAダメージを防ぐことを示しました。

Results

細胞は機械的ストレスに対して2層性の反応を示す

実験条件は、皮膚表皮幹/前駆細胞(EPC)に5%もしくは40%の伸長を周期的に与え続ける(100 mHz)というもので、細胞を経時的に観察していきます。

まず、EPCの細胞層の全体的な観察により、40%の伸長を与えた群でのみ、F-actionと核の向きが、伸長方向に対して垂直になること(もともとはランダムな配向)、また、核の縦横比が大きくなること(1.2 -> 1.5) に気づきます。
なお、この再配向と縦横比の変化は引張力を30分間加え続けたあたりから観察され始め、360分時点で最高値に達する模様。

ここで、F-actionを詳細に観察したところ、核の周りに沿ったリング状構造を構築することにも気づきます。
驚いたことに、このリングは5%、40%の引張力を与えたどちらの群でも観察されました。
ただし、5%の群では30分時点から360分時点までリング状構造が維持されたのに対し(蛍光強度は徐々に上昇: 20->30)、40%の群では30分時点で観察されるリング状構造は徐々に消失し360分時点ではほとんど観察されませんでした(蛍光強度: 40->10; 基底レベルが10)。

以上の結果から、 EPCは高強度の機械的ストレスに対しては、速やかで一時的な核周囲でのリング状F-actionの構築、また、ゆっくりではあるものの持続的な細胞レベルの再配向を示すこと、一方で、低強度の機械的ストレスに対しては、細胞レベルの再配向は示さないものの、核周囲でのリング状F-action構造を維持し続けることが明らかとなりました。

H3K9me3レベルの低下による核膜の軟化がDNA損傷を防ぐ

続いて、40%の引張力を30分間与え続けた際に、H3K9me3に変化が生じるかを調べます。
すると、H3K9me3のレベルは低下しており、特にこの低下は非コード領域に集中していることが明らかとなります。
また、H3K9me3レベルの低下は、染色体の端に近い領域に偏っているようです。

また、筆者らは核膜に「しわ」が観察されたことから、核膜の張力が低下しているのではないかと考え、核膜の硬さを測定します。
その結果、5%・40%の両群で核の硬さが低下すること、また、40%の群では360分時点で完全に基底の硬さに戻ることが確認されました。

ここで、H3K9me3のレベルが核の硬さを決めているのではと仮説を立て、H3K9にメチル基を付加するメチル基転移酵素SUV39H1を調べます。
すると、引張力を与えた条件では、SUV39H1量が低下していることが明らかとなります。
この低下を補うように、SUV39H1を過剰発現させたところ、引張力を与えてもH3K9me3のレベルは維持され、核膜の硬さも変化しないという結果が得られます。そして、この条件下では、DNA損傷のマーカーであるγH2AXのレベルが上昇する様子も観察されました。

これらの結果をまとめると、EPCは機械的ストレスに対して、核膜を軟化させDNA損傷を防いでいると考察されます。

細胞の再配向は引張力をキャンセルする

さて、ここまでの結果では、40%の引張力を与えた群は360分時点では、リング状のF-actionや核膜の軟化が観察されませんでした。この理由を突き止めるために、筆者らは細胞の再配向に着目し、以下の様な実験を構築しました。
①まず、40%の引張力を360分間加え続け、②その後、同じ方向もしくは垂直方向に40%の引張力を加える。
その結果、同じ方向に引張力を加えた群では360分時点からの変化が見られなかったのに対し、垂直方向に40%の引張力を加えた群では核周囲のリング状のF-action構築やH3K9me3のレベル低下が観察されました。

つまり、EPCは引張力を受けると、まず、核膜の軟化によりDNA損傷を防ぐ。引張力がかなり強力で、核膜の軟化では追い付かない場合は、細胞の配向を変化させることで引張力をキャンセルすると考えられます。

Disucssion

細胞が2層性のシステムで機械的ストレスに対応し、DNA損傷を防いでいることが見事に示されている論文でした。詳しくは説明しませんでしたが、核膜の軟化はカルシウム依存性であること、核のmechanotransduction (機械的刺激の電気化学的活動への変換)は成体組織でも観察されることも確認されていました。