科学論文紹介

ぼっちの方が学習効率がいいかもという、線虫を使った研究のお話

himawariinさんによる写真ACからの写真

Introduction

周囲の環境が、学習や行動を含めた動物の行動を制御するというのはよく知られた話で(pubmed)、人間においても、汗に含まれる物質が認知機能に影響を与えることも報告されています(pubmed)

動物の生存という点で考えたとき、同種の密度というのは非常に重要な情報で、それが動物の行動に影響するのは想像に難くありません。

そして、今回、線虫を使った研究で、過密のシグナルとなるフェロモンが学習を阻害することが報告されていました。
(Pheromones Modulate Learning by Regulating the Balanced Signals of Two Insulin-like Peptides; pubmed)

ところで、線虫を扱ったことのない私からすると、線虫の学習ってどうやって定量化するねん、と疑問に思うところです。
今回の研究では、毒性のある細菌(PA-14;線虫の餌は細菌)を覚えさせて、次に餌を与えられた時に毒性のある細菌を回避して、毒性のない細菌(OP-50)を食べるか否かを定量化しています。

一人で勉強するのがいいのか?皆で勉強するのがいいのか?というのは古今東西議論されてきたテーマですが、私のようにそもそも選択肢を持たない、ぼっちに優しい報告ですね。

Results

論文の内容とは関係ないですが、今回から、紹介するデータ数をできる限り減らしてやってみようと思います。
面白いデータとか、最重要なデータだけに絞っていきます。

過密のシグナルとなるフェロモンが学習を阻害する

毒性のある細菌(PA-14)の学習は、少量のPA-14の近傍で線虫を成長させることで、行ないます。

この学習中に過密のシグナルとなるフェロモンの混合物(ascr#2/ascr#3/ascr#5)を添加したところ、PA-14の回避率が優位に低下するという結果が得られます(Fig. 1C-D)。
ちなみに、フェロモン添加ではなく、大量の線虫を飼った培地を、ふりかけてやっても、同じように、PA-14を回避できなくなることが示されていました(Fig.1F-H)。

以上の結果は、過密のシグナルとなるフェロモンが、線虫に有害な食物の学習を阻害していることを示しています。

2つのInsulin-like peptide(ILP)が学習を制御する

脊椎動物でも無脊椎動物でもILPsは、学習を含む、生理機能を制御することが知られています。
そこで、ILPをコードするそれぞれの遺伝子に変異をもつ線虫の解析を試みたところ、いくつかのILPの欠損でPA14の学習効率が有意に低下することを突き止め、中でもins-4ins-16の欠損は、学習効率の低下に必要十分であったことからこの2つに注目します(Fig. S1 & S2)。

ins-4は、AWA・ASI・URXというニューロンで発現し(Fig. 2C)、ins-16はADLというニューロンで発現しています(Fig. 2D)。
どのニューロンが学習に機能しているのかを調べるために、ins-4の欠損体において、それぞれのニューロン特異的にins-4を強制発現してやったところ、AWAで強制発現した場合にのみ学習効率の低下が完全にレスキューされました(Fig. 2A)。
なお、ins-16の欠損体についても、ADLニューロンにおけるins-16の強制発現で完全にレスキューされます(Fig.2B)。

興味深いことに、ins-4ins-16を両方とも欠損した線虫では、学習効率は低下しないことが併せて示されていました(Fig. 2E)。
また、野生型の線虫において、ins-4ins-16をそれぞれ強制発現により過剰量発現させると学習効率が低下すること、さらにins-4ins-16の両方を過剰発現させた場合は、学習効率が低下しないことも示されていました(Fig. 3A)。

つまり、ins-4とins-16のバランスが線虫の学習に必須という訳ですね。

フェロモン感受神経から放出されるins-16がins-4の発現を抑制する

さて、ではフェロモンがins-4とins-16とどのように関係するのでしょうか。

この問いに答えるため、フェロモン添加時における、ADLニューロン(ins-16を発現)と、AWAニューロン(ins-4を発現)の活動をカルシウムセンサーにより調べたところ、ADLが活性化することが分かります(Fig. 4A & B)。一方で、AWAは全く反応しませんでした(Fig. 4A & B)
また、フェロモン添加はADLニューロンでのins-16の発現が向上させるというデータもとられています(Fig. 3C)。

つまり、フェロモンによりADLニューロンが刺激されて、ins-16の発現が向上する(バランスが崩れる)と解釈できます。

さて、ここまでの結果でも、フェロモンによる学習効率の低下は説明できそうな気もしますが、筆者らは、ins-16の欠損によりAWAニューロンでのins-4の発現が向上することに気づきます(Fig. 5A)。
また、ins-16を欠損した線虫では、AWAニューロンの活動が乏しくなることも確認されています(Fig. 5D & E)。
一方、ins-16を過剰発現させた線虫を調べたところ、見事に、ins-4の発現が低下しているという結果が得らえます(Fig. 5B)。
つまり、ins-16にはAWAニューロンの活動を乏しくし、ins-4の発現を抑制する機能があると解釈できます。

これらの結果をまとめると、フェロモン暴露により、ins-16の発現が上昇、ins-4の発現が低下することで、ins-4/ins-16のバランスが著しく崩れ、学習効率が低下する訳です。

Discussion

過密のシグナルとなるフェロモンがins-4/ins-16のバランスを崩し、学習効率が低下するという報告でした。
今回の実験では、毒性餌の学習により評価していますが、温度などの他の生存に関わる要素の学習に影響するかも気になるところです。
そもそも、何故、ins-4/ins-16のバランスを保つことが学習に必須なのかも気になります。

また、ヒトを含めた哺乳類でのins-4/ins-16の役割についても、今後、解き明していく必要がありそうです。

今後の研究が待たれるところではありますが、ぼっちが有利だと信じて、めげずに勉強していきましょう。