科学論文紹介

A Tug-of-War between Cell Shape and Polarity Controls Division Orientation to Ensure Robust Patterning in the Mouse Blastocyst ~マウス初期胚における細胞分裂の方向は熾烈な覇権争いの結果に決まる~

ステファニーさんによるイラストACからのイラスト

細胞分裂の方向は、細胞位置やその運命決定に重要なファクターとなります。特に、初期胚における細胞分裂の方向は、これからの組織形成を左右するため、しっかりとコントロールされる必要があります。今回、マウスの初期胚(8細胞期-32細胞期)における細胞分裂の方向が、細胞の形態と極性のバランスによって決定されるという論文が報告されていました。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31794715

細胞分裂の方向は、①形態と②極性によって決まるとされています。①形態についてですが、細胞分裂の分割面は細胞の長軸に対して垂直に生じるというものです。これは、Hertwig’s ruleと呼ばれ、微小管が細胞の形態を感知し、長軸方向に対して引張力を発揮するとされています(Symmetric segregation)。②の極性について、腸管の上皮の例になりますが、間質側に局在するEzrinが中心体の位置を制御し、細胞分裂の方向を決定することが報告されています(Asymmetric segregation)。
哺乳類の胚において、最初の系統分離は胚盤胞における内部細胞塊(Inner cell mass; ICM)とICMを取り囲む栄養外胚葉(Trophectoderm; TE)の形成です。このICMとTEの運命決定は、おのおの細胞(割球)が胚の内側に存在するか、外側に存在するかで決まります。つまり細胞分裂の方向により割球の運命が決まるわけです。

まず筆者らは、先行研究の検証から行います。その結果、先行研究どおり、8細胞から16細胞期胚への細胞分裂では(8-16細胞分裂)asymmetric segregationが大半であるのに対し、16細胞から32細胞期胚への細胞分裂では(16-32細胞分裂)ほとんどの割球がsymmetric segregationにより分裂するという結果が得られました(Fig. 1 & Video S1)。

8細胞期胚と16細胞期胚では何が違うのでしょうか(当然、割球の数は違いますが)。割球の形を観察してやったところ、16細胞期胚では、外側の割球に張力が働き、球形ではなく細長い形をしているようです(Fig. 3; 縦横比 1 : 2.1)。細胞が細長い形態をしているために、
symmetric segregationになるわけですね。

ただ、外側にいる割球は細胞極性(細胞接着していない面がある)も有しています。そこで、16-32細胞分裂に際して、割球をばらしてやったところ、ほとんどの割球がasymmetric segregationにより細胞分裂する様子が観察されます(Fig. 4A)。つまり、張力から解放されて細胞が球形になれば、細胞極性を反映して(細胞分裂に際してばらばらにするので、すぐには極性が失われない) 、asymmetric segregationになるわけですね。

では、8-16細胞分裂に際して、細胞の形を無理やり変えてやるとどうなるでしょうか。まず、筆者らは、8細胞期胚の割球をマイクロ流路デバイスに入れ、無理やり割球の形を細長い形にしてやりました。その結果、割球は分裂様式を変え、symmetric segregationにより細胞分裂する様子が観察されました(Fig. 4B)。また、8細胞期胚を丸ごとマイクロ流路デバイスに入れ、細長い形態にしてやったところ、多くの割球が、やはり、symmetric segregationにより細胞分裂する様子が観察されました (Fig. 4C)。

つまり、8細胞期胚、16細胞期胚における細胞分裂の方向は、細胞極性と細胞の形態という2つの要素のTug-of-War (主導権争い)の板挟みになっている訳です。8細胞期胚では、細胞極性が勝つことでasymmetric segregationにより、16細胞期胚では、細胞の形態が勝ちsymmetric segregationにより分裂するという具合ですね。

さて、ところで、無理やり形を変えられた8細胞期胚はその後どのように発生していくのでしょうか。8-16細胞分裂の後、マイクロ流路デバイスから取り出すことで変形から解放して、培養を続けてやりました。その結果、8-16細胞分裂における細胞分裂形式がスイッチしたにも関わらず、問題なく胚盤胞期胚まで発生する様子が観察されました(Fig. 5A)。ICMとTEの数も、コントロールの胚盤胞と全く差がありませんでした(Fig. 5B & C)。

なぜ、問題なく発生できるのでしょうか。この疑問に答えるために、変形から解放された16細胞期胚の発生を観察します。すると、変形解放16細胞期胚は16-32細胞分裂に際して、asymmetric segregationにより分裂しており、内側の細胞が補われていることが分かりました(Fig. 6E)。また、変形解放後、外側にある割球が内側に移動していく様子も観察されました(Fig. S4)。つまり、Tug-of-War (主導権争い)のおかげで、バランスが崩れている際に、それを正す形式で細胞分裂が進むという結果です。また、この結果から、細胞分裂それ自体が割球の運命を決めているわけではなく、細胞分裂後の割球の位置がICMになるかTEになるかの運命を決めているということも言えます。

初期胚の発生は、非常に堅牢なシステムになっているのですね。もしくは、違う言い方もできて、初期胚は無理して(エネルギーを加えて)発生しているわけではなく、下図のように、最も安定なルートをとりながら発生しているのでしょう。なので、少し脇道にそれてもまた、正しいルートに転がり落ちてくるのですね。正しいルートに戻されるというのは嬉しいような悲しいような。人生たまには脇道に逸れたっていいじゃないか。