科学論文紹介

Functional Enhancers Shape Extrachromosomal Oncogene Amplifications ~がん遺伝子はエンハンサーと共に増幅される~

buraridaさんによるイラストACからのイラスト

染色体は、ただ無作為に核に押し込められているのではなく、位相関連ドメイン(TADs)とよばれる副次的な構造を作っていることが、最近になって広く認知されるようになってきています。長い糸がところどころ毛玉を作っている様子をイメージしてもらえば分かりやすいです。ただ、絡まり合ってイライラするだけの毛玉と違って、TADsにはきちんと役割があり、1個から複数の遺伝子と発現調節領域(エンハンサー)を近くにまとめておくことで、(複数の)遺伝子の時期や組織特異的な発現を調節しています。
ここで、話をがん遺伝子に移します。がん細胞においては、がん遺伝子が2コピー以上に増幅されることがあります。この増幅には、低レベルコピーと高コピーレベルコピーの2つの形式があります。前者ではがん遺伝子を含む領域が、もともと存在する箇所で並列にコピーされます。一方、後者は、chromothripsisと呼ばれる染色体の数千におよぶ断片化に際して生じるとされており、染色体外の環状DNA (ecDNA)、もしくは、それが染色体に組み込まれて均一染色体領域(Homogeneously Staining Region)となります。選択圧により、数が増幅し、50コピー以上に達するとされています。がん遺伝子が50コピーもあれば、それはもうコントロール不能ですね。

今回、ecDNAの形成によりTADが変化し、がん遺伝子が新たなエンハンサーを獲得することが報告されていたので紹介します。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31761532

研究の発端は、がん遺伝子の増幅にあたって一緒に増幅されてくる周辺の領域が機能を持っているのか、それともただ増幅に乗っかっただけなのかという疑問です。増幅されたがん遺伝子についてはかなりの数の報告がありますが、その周辺領域についてはあまり解析が進んでいませんでした。最新の技術の進歩でようやく解析できるようになったというところでしょうか。最新の技術をフォローしておくのは大切ですね

さて、かなり前置きが長くなりましたが、データの紹介に移ります。基本的には神経膠芽腫におけるがん遺伝子EGFRに注目します。まず、筆者らはデータベースからEGFR遺伝子増幅をもつ神経膠芽腫の174標本における増幅産物の配列を取得します。その配列を眺めると、うち173の標本において、130 kbpにおよぶ上流配列がEGFR遺伝子と共に増幅されていることに気づきます(Fig. 1A)。モンテカルロシミュレーション(乱数をたくさん発生させ、その現象がどのくらいの確率で生じるかを解析する手法)により、この偏りは偶然では生じえないものであることが分かります(p<0.0001)。続いて、H3K27acのChIP-seqのデータを眺めると、その領域内に2つのピーク(エンハンサー)があることが分かりました(Fig. 1B)。遺伝子増幅を生じていない神経膠芽腫において、これらのエンハンサーをCRISPRi (dCas9-KRABなどを用いてゲノム上の任意箇所の転写活性を抑制する技術)で抑制したところ、いづれを標的とした場合でも、EGFR遺伝子の発現が低下、細胞の生存が抑制されるという結果が得られました。

ちなみに、前述の神経膠芽腫で見られたH3K27acのパターンは、神経系組織やES細胞由来のニューロスフェアで見られるH3K27acのパターンと類似しており(Fig. 2A & B)、由来となっている組織のH3K27acを継承しているものと考察されます。この継承は神経膠芽腫のEGFR遺伝子特異的な現象ではなく、他のがん細胞のがん遺伝子でも確認されていました(Fig. 6)

いよいよ、遺伝子増幅を生じた神経膠芽腫の解析に入ります。神経膠芽腫では、chromothripsisを介したecDNAの形成によりEGFR遺伝子が増幅されるという報告があります。EGFRに対するFISHを行ったところ、9標本中2標本ではありますが、確かに、ecDNAの存在が確認されました(Fig. 3C)。2分の9なので少しデータが弱いように感じます。そもそも検出が難しいものなのでしょうか。ちなみに、Fig.4以降のresult 本文中にはecDNAという言葉は出てきません。たまたまかもしれませんが、意図的に言及を避けた可能性もあるでしょう。

続いて、4C-SeqによりEGFR遺伝子のプロモーターと近接しているエンハンサーの特定が試みられました。面白いことに、遺伝子増幅を生じた神経膠芽腫では、遺伝子増幅を生じていない神経膠芽腫に比べて、より多くのエンハンサーと接近するという結果が出ていました(Fig. 4)。新たな三次元構造の構築により、TADを超えてエンハンサーが作用している可能性が考察されます。そこで、増幅領域に対する9559種類のgRNAのライブラリーを設計しCRISPRiを行います。神経膠芽腫の生存度合いでEGFR遺伝子に対するエンハンサー機能を評価すると(EGFR遺伝子の発現が低下すると神経膠芽腫の生存性が低下する)、遺伝子増幅を生じた神経膠芽腫でのみ効果を発揮するエンハンサーとして5個(FDR <0.01で足切り)が検出されていました。新たな三次元構造が構築されたことで、もともとのTADによる境界を超えてエンハンサーが作用しているという結果ですね。

ecDNAとしてのがん遺伝子の増幅には、単に、コピー数を増やすだけでなく、あらたなエンハンサーを獲得するという報告ですが、がん細胞の生存戦略には本当に恐ろしいですね。がん細胞で見られる現象は、すべて、がん細胞の生存を有利にする機構があるのではと思わされます。