科学論文紹介

Chromatin establishes an immature version of neuronal protocadherin selection during the naive-to-primed conversion of pluripotent stem cells ~神経細胞の多様性は如何にして生まれるか~

acworksさんによる写真ACからの写真

クラスター型プロトカドヘリン (cPCDH)は、神経細胞において強く発現するタンパク質で、53の遺伝子からなります。このうち48遺伝子は確率的にプロモーターが選択され、個々の神経細胞で異なるcPCDH遺伝子が発現します。このcPCDHのパターンの違いにより神経細胞が自己・非自己を認識できるとされています。

このcPCDH遺伝子の発現パターンが、発生段階でダイナミックに変化することが報告されていて、面白かったのでメモ。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31740836

今回紹介する研究は、筆者らが、ヒトiPS細胞から誘導したモノクロナール神経細胞を解析する過程で、予想外なcPCDH遺伝子の選択パターンを発見したことに端を発します。いわゆるセレンディピティというやつですね。こういう幸運を掴めるようにしっかり論文読んだりして知識を蓄えとかないとです。

さて、まず筆者らは、ヒトiPS細胞からクローン化を経て誘導された神経細胞(以下、誘導神経細胞)では、cPCDH遺伝子の発現パターンが限られていること、そして48の遺伝子を使って取り得る発現パターンのうち、限られたパターンが頻発していることに気がつきます(Fig. 1A)。続いて、cPCDH遺伝子の発現に関与する因子 (転写活性化マークH3K4me3、転写因子CTCF、コヒーシンRad21)のChIP-seqを行った結果、これらの因子は、発現しているcPCDH遺伝子座にきれいに重なることが分かります(Fig. 2A & 2B)。ちなみに、これは誘導神経細胞に特有の現象ではなく、ヒトの脳においても胎児や新生児の脳でもH3K4me3が偏って分布することが示されていました (Fig. 6A)。発現解析の結果によると、2歳までの脳では特定のcPCDH遺伝子が高発現し、2歳以降では、偏りのないブロードな発現パターンを示すようです(Fig. 6B)。

それでは、このcPCDH発現パターンの偏りは、いつ、どのように確立されるのでしょうか。それに答えるために筆者らは、まず、分化誘導前のiPS細胞においてChIP-seqを行ないます。その結果、前述のH3K4me3などの因子は、iPS細胞でも偏った重なった分布を示していました(Fig. 2A & 2B)。つまり、iPS細胞の段階で既に、確立されていることが分かります。
さらに分化状態を遡らせるため、筆者らはiPS細胞をprime状態からnaïve状態 (より未分化)に変換してやりました。すると、転写活性化マークH3K4me3、転写因子CTCFがブロードな分布パターンを示すようになることが分かります(Fig. 4A)。つまり、primed状態からnaive状態へと分化する過程で発現パターンの偏りが確立されることになります。
ちなみにマウスのiPS細胞やES細胞はもともとnaiveな状態にあることが知られており、これらについても同様に解析したところ、H3K4me3がブロードな分布パターンを示していました。そして、マウスES細胞を分化させてprimed状態にあるEpiLCにしてやったところH3K4me3が偏った分布を示すようになりました。これらの結果から、naïveからprimedに至る過程でcPCDH発現パターンに偏りが生じるのは間違いなさそうです。

では、cPCDH遺伝子発現パターンの偏りは、いつ、どのように消えるのでしょうか。これを解析するために、オルガノイド構築や、ラット腰部脊椎中心灰白質への移植によりさらに神経細胞を成熟化させます。しかしながら、cPCDH遺伝子発現パターンの偏りは消えないまま残ることが分かります(Fig. 5C &D)。生体では確実に偏りが消えるので、これは、解釈に困る結果です。もしかしたら、iPS細胞から誘導した神経細胞は完全に成熟化できないのかもしれません。そうだとすれば、iPS細胞をもちいた神経疾患の治療ができないことになってしまいます、、、

最後に、筆者らはダウン症のような脳の成熟が遅れる状況では、cPCDH遺伝子発現パターンが偏よったままなのではないかと仮説を立て、ダウン症の脳を解析します。その結果、ダウン症においてはadultであっても、胎児と似た発現パターンの偏りを示すことが分かります(Fig. 6C)。つまり、ダウン症においては、神経細胞の多様性が獲得されないままになっていると推察されます。

cPCDH遺伝子の発現パターンがダイナミックに変化するのが非常に興味深いです。個人的には、最終的に多様性を獲得する必要のあるcPCDH遺伝子発現パターンが、なぜ、胎児脳では偏よったパターンを示すのかが気になります。なにか有利なことがあるのでしょか。幼児期健忘に必要だったりするのでしょうか。あまり神経科学・脳科学は詳しくないので、分かる方がいれば教えてください!